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2016.08.19 鉄砲山古墳の最新調査成果

■鉄砲山古墳の最新調査成果(2016.08.19

 

前回の更新から日にちが経ってしまい申し訳ありませんでした!

 

鉄砲山古墳の発掘調査は7月末に一時中断し、現在はお休みしています。

今回は中断前の調査成果をご報告したいと思います。

 

まず、石室の入り口についてです。

前回からさらに調査を進めて、このような状況になりました。


 

石室入り口です。閉塞の状況がよく分かります。

 

東側(写真右)では羨門(せんもん)を構築する石がみえています。

 

 

羨門を構築する石のアップ。

5段の石積みが現れました。

 

この石は、閉塞石や側壁に使われているものと同じ角閃石安山岩(かくせんせきあんざんがん)で、

長方形に加工して5段に積み上げられています。

※石材の詳細は、6月29日の記事をご覧ください。

さらに、床面には礫まじりの粘土が敷き詰められており、非常に丁寧に造られていることが分かります。

 

 

そして、遺物で注目したいのが須恵器です!

これまでの調査で鉄砲山古墳の石室入り口周辺から須恵器の大甕が1点、甕が1点見つかっています。

これらは石室入り口付近に置かれ、埋葬に伴う祭祀に用いられたと考えられます。

 

今回は須恵器の甕の取り上げの様子を紹介します。

須恵器の甕はバラバラの破片になった状態で見つかりました。

 

出土した状態です。

バラバラになっていますが、同じ個体の破片だと思われます。

 

この状態から、写真や図面で記録をとり、破片を丁寧にとりのぞいていくと・・・


 

 

底がきれいにみえてきました!

須恵器の甕が据え置かれていた状態がよく分かります。

 

このように取り上げた破片は室内に持ち帰り、整理作業が行われます。

※整理作業については7月21日の記事をご覧ください。

形が復元されて将来的にはみなさまにお披露目できればと考えていますので、

いましばらくお待ちください。

 

また、当館では平成28年12月6日(火)から平成29年2月19日(日)まで
特別公開「埼玉古墳群史跡整備の成果~鉄砲山古墳~」が開催されます。

復元作業が完了した鉄砲山古墳出土遺物を公開予定ですので、ぜひ足をお運びください!

 

さて、6月から掲載していた「鉄砲山古墳の最新調査成果」ですが、今回で最終回となります。

これまでご覧いただきありがとうございました(史跡整備担当)。

 

2016.07.28 鉄砲山古墳の最新調査成果

■鉄砲山古墳の最新調査成果(2016.07.28

ようやく梅雨もあけて、本格的に暑くなってきました。


鉄砲山古墳の発掘調査も佳境に入っています。

先週は通常の調査だけでなく、早稲田大学の研究室の方々が調査に来てくださいました。



三次元測量の様子です。

職員も機械を操作させてもらいました!


色々と進捗がありましたので詳しくご紹介したいところですが、
土日も現場で作業をしていたので記事の準備ができませんでした…。


来週に改めて更新したいと思いますので、少々お待ちください
(史跡整備担当)。

 

2016.07.21 鉄砲山古墳の最新調査成果

■鉄砲山古墳の最新調査成果(2016.07.21

先週は天気が悪く、屋外での作業ができない日が続いてしまいました。

そこで今回は出土遺物の整理について紹介したいと思います。


発掘調査では多くの場合、遺物は破片で出土します。

その破片の本来の形や大きさを知るために、遺物を持ち帰り整理作業を行います。


まず、遺物についた土を洗い落とします。


雨の日の一コマです。


そして接合できる破片がないか探していきます。

だんだんと形や大きさが分かってきます!


パーツがそろったら組み立てていきます。足りない部分には石膏を入れることもあります

 
慎重に破片をくっつけていきます。          石膏で補充した部分の形を整えています。


また、出土した遺物の形や大きさ、作り方などを観察し記録していきます。


土師器の大型高坏を実測しています。

高坏については6月24日の記事をご覧ください。


このような作業を進めることで、鉄砲山古墳に並べられていた埴輪や使われていた土師器の実態が明らかとなってきます。

今後も発掘作業とともに整理作業を進めていきますので、新しい成果があればご報告できればと思います(史跡整備担当)。

 

2016.07.14 鉄砲山古墳の最新調査成果

■鉄砲山古墳の最新調査成果(2016.07.14

最近は30℃を超える暑い日が増えてきました。

熱中症には十分気を付けて、水分補給や日陰での休憩をとりながら調査を進めています。


調査では、前回紹介した板石よりも大きな石が出てきました!

昨年度の調査でトレンチの奥の壁から一部が見えていたものの全長が明らかとなったのです。

 

奥の壁からわずかに見えていました(H27
)       全長が明らかに!なんと約180cmもありました。


全長は約180cm
、厚さは約25cmの緑泥石片岩(りょくでいせきへんがん)です。

この石は天井に使われていると考えられます。

奥にどれほど続くかはわかりませんが、全長と厚さからかなり大きな石であると想像できます。


また、石室の入り口周辺も調査を進めました。

慎重に土を取り除くと、入り口を塞いでいる石がさらに見えてきました。



現在の石室入り口の様子です。ぜひ前回の記事と比較してみてください。


下の方に径50cm
程度のチャートという石が、上の方には径20cm程度の角閃石安山岩(かくせんせきあんざんがん)という石が積まれている様子がよくわかります。


※石材については6
29日の記事をご覧ください。


少しずつではありますが、鉄砲山古墳の石室入り口の様子が明らかになってきました!

また来週には新たな成果を報告できればと思います。



■鉄砲山古墳の埴輪列

さて、最近は特に石室周辺の調査を進めていますが、もちろん鉄砲山古墳の調査成果はそれだけではありません。

そこで今回は、鉄砲山古墳の墳丘に並べられた埴輪について紹介します。


鉄砲山古墳からはたくさんの埴輪がみつかっています。

今年度の調査でも大きな破片が出土しました!



先日出土した円筒埴輪の破片


今回みつかった埴輪は墳丘の上の方に並べられていたものが崩落してきたものですが、昨年度までの調査では古墳時代に並べられた状態のままみつかったこともあります。

 




立て並べられた状態で出土した円筒埴輪たち


鉄砲山古墳では、こういった埴輪列がいくつかの地点でみつかっており、墳丘の中段テラスに円筒埴輪が並べられていたことがわかりました。



※写真は将軍山古墳です。鉄砲山古墳ではありません。

鉄砲山古墳にもこのように埴輪が立て並べられていたのでしょう。

当時の古墳の姿が思い起こされます。

 

2016.07.07 鉄砲山古墳の最新調査成果

■鉄砲山古墳の最新調査成果(2016.07.07

ただ今梅雨真っ盛りということで、すっきりとしない天気が続いております。

朝起きたら天気予報を確認するのが日課となってます。

この一週間で、いくつかの発見がありましたのでご紹介します。

まず、刀子(とうす)という金属製の道具が見つかりました。



出土した刀子。錆と土に覆われています


刀子は小刀のような工具で、何かを切ったり削ったりするのに使ったと考えられています。

墳丘の土の中から見つかりました。




取り上げた後の刀子です。
残念ながら刃先は失われていましたが、茎や木質の柄が残っていました。


また、石室の入り口の様相が徐々に明らかになってきています。

平成27年度の調査で見えていた大きな板石の全体像が明らかになりました!

なんと全長約160cm、幅約55cm、厚さ約15cmです!
 
 

H27の調査で見えていた板石です           全体が見えてきました!

この石は緑泥石片岩(りょくでいせきへんがん)という岩石で、小川町下里で採れる石と特徴が似ています(629日の記事を参照)。

自動車もない時代、これほどの石材を行田まで運ぶにはかなりの労力が必要だったと思われます。

古墳をつくった人々の大変さが想像できます。

石室周辺はさらに調査を進めていますので、今後の更新を楽しみにしてください(史跡整備担当)。


 

2016.06.29 鉄砲山古墳の最新調査成果

n  鉄砲山古墳の最新調査成果 (2016.06.29)

鉄砲山古墳では現在、平成27年度に引き続き横穴式石室の入り口周辺部の調査を行っています。前庭部の形や大きさを明らかにするために、平成27年度の調査区を北と南にそれぞれ拡張し調査を進めています(写真1)。

現在は土の色や固さを観察しながら、古墳築造当初の墳丘面を検出する作業をしています(写真2)。そのなかで埴輪や土器の破片が見つかりました(写真3)。これらの破片は、本来は墳丘に並べられていた埴輪が転落してしまったものと考えらえます。以前の調査ではこのような破片だけではなく、埴輪が古墳時代当時に並べられたときの状態のまま見つかったこともあります。今年度の調査でも期待したいところです。



n  鉄砲山古墳の埋葬施設と石材    

鉄砲山古墳は継続的に調査が行われ、その概要は前回のページでご紹介しています。これからは、そのなかからいくつかをピックアップして紹介していきたいと思います。

今回は、鉄砲山古墳の埋葬施設とそこで使われている石材についてです。

平成27年度の発掘調査で埋葬施設の入り口から羨道(入り口と玄室を結ぶ部分)が確認され、鉄砲山古墳の埋葬施設は横穴式石室であることがわかりました。羨道の内側の幅は約1.0mあります。

横穴式石室の入り口は丸い河原石を積み上げて塞がれており、古墳が作られた当時の状況が残されていました(写真4)。この部分には径20cmの角閃石安山岩(かくせんせきあんざんがん)の河原石と径50cmのチャートが使われています。角閃石安山岩は榛名山の噴火にともなう噴出物で、やわらかく加工しやすい石です(写真5)。チャートは荒川水系に由来すると考えられています。

上の大きな板石は、本来羨道の天井石だったものがずり落ちてしまったようです。これは緑泥石片岩(りょくでいせきへんがん)と呼ばれる岩石で、青みが強いという特徴は小川町下里で産出するものに似ています(写真4・5)。

また、羨道の壁は縦20cm、横4050cmの切石を組み合わせて作られていました(写真6)。切石の表面には加工したときの鑿の跡が残っています。こちらも閉塞部と同じ角閃石安山岩が使われています。

このように、鉄砲山古墳の石室はいくつかの場所から石材を選んで作られたことがわかります。石室全体の大きさは判明していませんが、おそらく多量の石材が使われており、その確保や運搬に人手や時間が費やされたことが想像されます。(史跡整備担当)


 

2016.06.24 鉄砲山古墳の最新調査成果