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中の山古墳

中の山古墳航空写真 中の山古墳
(なかのやまこふん)

中の山古墳は、奥の山古墳と並んで埼玉(さきたま)古墳群の南端に位置しています。東側には、壊されてしまいましたが方墳(ほうふん)の戸場口山(とばぐちやま)古墳が隣接しており、3つの古墳の真ん中にあたることからその名がつきました。全長は79mです。

墳丘(ふんきゅう)
は、前方部の保存状態が良い一方、後円部はかつて畑となっていたため、細長く変形しています。今は完全に埋まっていますが、発掘調査により、周囲は二重の堀で囲まれていることが確認されています。

後円部の頂上には掘り返されたとみられるくぼみがあり、かつて石棺(せっかん)が出土したという言い伝えがあることから、埋葬施設(まいそうしせつ)は盗掘(とうくつ)された可能性が高いようです。またこのことから、中の山古墳は「唐櫃山(かろうとやま)
」という別名を持っています。

駐車場からも博物館からも離れているため訪れる人は多くないようで、古墳西側の芝生(しばふ)
は、日中でも静かな空間になっています。静かな散策を楽しむには絶好と言えるでしょう。

発掘調査では、他の古墳のような埴輪(はにわ)ではなく、変わった土器が出土しました。須恵器(すえき)
と同じく灰色に焼きしまり、形は、口がラッパのように広がり、胴体はやや細長く、底は穴があいています。

頭の大きな「銚子(ちょうし)」のようですが、これを「須恵質埴輪壺(すえしつはにわつぼ)
」と呼んでいます。九州北部のいくつかの古墳で似たものが出土していますが、関東の古墳では他に例がありません。

近年、西に約30km離れた寄居町末野(すえの)遺跡で、中の山古墳と同じ須恵質埴輪壺を焼いたとみられる須恵器の窯跡(かまあと)
が発見されました。その年代は、須恵器の特徴から、6世紀末から7世紀初めと考えられます。

この頃は前方後円墳が造られなくなる時期にあたり、中の山古墳は埼玉古墳群最後の前方後円墳です。

中の山古墳
中の山古墳
 
 
中の山古墳は登れません。