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 埼玉県行田市埼玉4834   GoogleMap
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埼玉古墳群


古墳群全景
埼玉古墳群全景(2007・5・23撮影)   写真の下が北

 古墳名  主軸長  後円部径  高さ  前方部幅  前方部高さ
 丸墓山古墳  105m   ・・・  18.9m  ・・・  ・・・
 稲荷山古墳  120m  62m  11.7m  74m  10.7m
 二子山古墳  138m  70m  13.0m  90m  14.9m
 鉄砲山古墳  109m  55m   9.0m  69m  10.1m
 将軍山古墳     90m  39m   不明  68m   8.2m
 中の山古墳    79m  42m   5.1m  44m   5.4m
 瓦塚古墳   73m  36.5m   5.1m  47m   4.9m
 奥の山古墳   66m 34m   5.6m  40m  6.0m
 愛宕山古墳   53m  30m   3.4m  30m   3.3m

 

埼玉古墳群の歴史

 

  江戸時代文化・文政期に編まれた、武蔵国の地誌をまとめた『新編武蔵風土記稿』には、遠くに忍城を望んで、忍川沿いに丸墓山と将軍塚が描かれています。
  
 

   埼玉古墳群を写した、最も古い1930(昭5)年の航空写真。丸墓山からのびる石田堤、前方部が土取りされていない稲荷山古墳、東方には後に失われてしまった前方後円墳の若王子古墳が見えます。
 
 
 
  
       戦前の丸墓山古墳                   戦前の二子山古墳
 
 戦前の丸墓山古墳には、石田堤とその両側にあった松並木が見えます。後に松はすべて枯れてしまい、現在の桜が地元の人たちによって植えられました。
 
 
 
 

     

  左は整備事業が始まる前の1973(昭48)年の丸墓山古墳、右は同じく整備前の稲荷山古墳です。丸墓山古墳には戦前の写真にもあった、石田堤に沿った松並木の最後の1本が写っています。稲荷山古墳はまだ前方部が失われた状態で、木々に覆われて水田の中に浮かんでいます。
 
 整備を開始する際に、どれかひとつ古墳の発掘を行うことになり、選ばれたのがこの半分壊れかけた稲荷山古墳でした。幸い土取りをされずに残った後円部の、盗掘もされずに残った第1主体部から見つかったのが、後に国宝に指定される金錯銘鉄剣です。その意味で稲荷山古墳と国宝鉄剣は、非常に幸運の星のもとにあったといえます。